「何歳から始めるのが良いですか?」ピアノ教室を主宰する筆者がよく頂くご質問です。確かに「小さいうちはリズム体操ばかり」なんて話を聞くと、お金がもったいないような気がしますよね。

そこで今回は0~10歳前後までの時期に絞って、レッスンの開始時期を考えるポイントをご紹介します。

【目次】
絶対音感をつけるためには9歳ごろまで~臨界期とは?
演奏テクニックを伸ばすなら10歳までに始めよう!
コンクールには年齢制限がある
ハンガリーでは7歳から
プロのピアニストの意見では10歳過ぎまでOK
音感訓練と演奏技術の習得を分けて考える

絶対音感をつけるには9歳ごろまで~臨界期とは?

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まずは「絶対音感(ぜったいおんかん)」の話から。ピアノの先生をしていると「絶対音感がありますか?」とかなりの確率で聞かれます。みなさんの中には、モーツァルトは絶対音感があったという話を聞いたことがあるかも知れません。どんな能力なのでしょうか。

音感とは平たく言うと、聞いただけで「ド」や「レ」など音の高低を聞き分けられる能力、そして和音を聞き取る能力のことです。これに「絶対」の文字が付くと正確さがプラスされ、楽器や機械の助けがなくても狂いなく正確に音の高さを認識できる能力のことを意味します。この力の獲得時期についてはおおむね4~9歳くらいの間と言われていますが、具体的な年齢には諸説あります。

絶対音感のように鋭い音感がある人が訓練を重ねると、例えば弦楽器のように自分でチューニングする楽器などは楽器の助けなしに音を合わせられるので便利です。また、楽譜を見ただけで近くに楽器がなくても頭の中に正しい音程で音楽を鳴らすことができるので、合唱や合奏のスコアを読んだりするのにも便利ですね。

ではなぜ絶対音感が獲得できるのは4~9歳なのか? ここで「臨界期(りんかいき)」という言葉が登場します。

臨界期とは

音楽でいう「臨界期」とは、一般には「絶対音感を身に付けられる時期」のことを言います。臨界期を過ぎてしまうと絶対音感の獲得は困難。つまりタイミングを逃してしまうと訓練しても身に付けることが難しいとされていて、これが早期教育の根拠となっています。

日本神経科学学会(脳科学辞典編集委員会)編集の脳科学辞典によると、

”  臨界期とは、神経回路網の可塑性が一過的に高まる生後の限られた時期であり、生涯にわたる学習とは一線を画する。脳の神経回路は、生後の体験・経験により成長する。特に、視覚や聴覚などの感覚の機能や、母国語の習得に関わる神経回路は、臨界期の経験によって集中的に形成される。”
引用元: 脳科学辞典「臨界期」

ざっくりな話、耳は小さいうちに発達するということです。

「聴覚などの感覚機能は、臨界期(生後の限られた時期)の経験によって集中的に形成される」というのです。ただし、その期間を過ぎると全く脳が変化しなくなる、といった極端な話ではないこともわかってきています。臨界期を過ぎても、音感訓練は無駄にならないようです。
参考:『脳科学の教科書 神経編/理化学研究所 脳科学総合研究センター編』(岩波書店)

ちなみに絶対音感と対をなすのが「相対音感(そうたいおんかん)」です。「相対」の文字通り、他の音と対照させて音程を認識します。つまり基準になる音があれば「ド」や「レ」(ソでも何でも良いですが)など、音の高さがわかります。こちらは訓練すれば誰でも伸ばせると言われています。

また、幼少期から訓練すれば全員が絶対音感を獲得するわけでもありません。筆者はまだ母のお腹にいる時から姉のレッスンに同行し、4歳からピアノを始めましたが相対音感です。それで音大を無事に卒業しました。どうしても絶対音感がなければプロの勉強ができない、というものではありません。

逆にピアノの場合はあらかじめ楽器が調律されていて、楽器ごとに微妙に差がありますから、あまり鋭敏な耳だと誤差が気になって困るかも知れませんね。

演奏テクニックを伸ばすなら10歳までに始めよう!

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脳科学研究によると、5歳や10歳でバイオリンを始めた人と14歳で始めた人とで脳の働きに違いが出たそうです。

”ドイツコンスタンツ大学のエルバートらは、それぞれの指を刺激した時の反応を脳磁図という方法で調べたのですが、小さいときからバイオリンを練習しているヒトの左手小指を刺激しますと、大きな反応が出ました(図3上)。これは、大脳皮質の小指を担当する領域が広がっていることを示しています。さらに興味深いことは、そのような変化の程度は何歳からバイオリンを練習し始めたかが関係していて、例えば、5歳とか10歳から始めたヒトは大きく広がるが、14歳以後に始めた場合は、わずかしか広がらない結果になりました(図3下)。このように、大脳皮質の指の感覚情報を処理する領域が、繰り返しの刺激によって変化することと、その変化の程度は練習開始年齢と関係することがわかりました。”

引用:CREST研究プロジェクト「ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明」ニュースレター「Brain and Mind Vol.9」2009年3月発行

運動感覚機能に関与する脳のはたらきは、10歳を大きく超えると変化が起きづらいようです。上達にこだわる方は10歳までにはレッスンを始めた方が良さそうですね。

ピアノはワーキングメモリを発達させる

脳つながりで興味深い話がありました。
脳科学者の澤口俊之氏(人間性脳科学研究所所長、武蔵野学院大学・大学院教授)によると、ピアノの稽古はワーキングメモリを発達させるそうです。

”実は、ピアノ演奏は驚くほど脳に良いのです。我々が幼少期で重視しているのはHQ=人間性知能(※2)なのですが、一般知能gF(※3)がHQの中心的な脳機能であるワーキングメモリ(※4)と相関します。ワーキングメモリは問題解決能力、社会性、創造性など、人生の成功に関係する全ての基礎となります。これがピアノで伸びます。”

*2:前頭前野の脳間・脳内操作系が人間性をつくる。その能力を人間性知能(Humanity Quotient)、略してHQと呼ぶ。(前掲書p77参照)
*3:一般知能gFは、個別的なIQ(言語性IQ・空間性IQ、行為性IQなど)の上位に立つIQであり、HQの重要な役割の指数である。欧米で主に使われているIQ知能検査では一般知能を測る。(p82、p84参照)
*4:ワーキングメモリはHQの中心となる脳機能。情報を一時的に保持しつつ活用して答えを導く働きがある。(p172参照)
引用:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(PTNA)

ピアノが「脳トレ」に良いという話はここからきているようです。訓練を始める適当な時期については言及されていませんでしたが、調査対象は小学生です。

コンクールには年齢制限がある

ジュニア向けのピアノ・コンクールの多くは演奏者のレベル別にグループ分けされています。例えば一般社団法人全日本ピアノ指導者協会主催「ピティナ・コンペティション」の場合、対象は未就学から高校3年生まで。公平を期するため各級に参加できる学年が定められています

ソロ部門

ソロ部門
A2級 未就学
A1級 小学2年生以下
B級 小学4年生以下
C級 小学6年生以下
D級 中学2年生以下
E級 高校1年生以下
F級 高校3年生以下
Jr.G級 高校1年生以下または15歳以下(2005.4.2以降に出生した方)
G級 22歳以下(1998.4.2以降に出生した方)
Pre特級 年齢制限なし
特級 年齢制限
過去にピティナ・コンペティションに参加したことがある方

出典:ピティナ・コンペティション

コンクール側が未就学からピアノを習っている子を想定して基準を決めていますから、挑戦するならそれに合わせて習い始めた方が無難でしょう。もちろん上達には個人差がありますから、「もう大きくなっちゃったわ」などと諦めることはありません。おおよその目安とお考えください。

ちなみにプロの登竜門として権威のある「ショパン国際コンクール」の参加条件は16~30歳です。2020年はコロナウイルスの影響で1年延期、それに伴い参加資格も17~31歳に変更されました。

ハンガリーでは7歳から

<本文>
ハンガリーコダーイ・ゾルターンの音楽教育,多文化音楽教育,楽器作りなどを含めた創造的な音楽教育を研究テーマにしている降矢 美彌子博士によると、ハンガリーには国立の音楽学校があり、生徒は7歳からピアノを始めるそうです。

“ハンガリーのピアノ教育は、一般教育と密接に関連をもちながら、ソルフェージュや後には室内楽などと並行して7歳から行われます。”
引用:降矢 美彌子研究室

筆者の経験談ですが、4歳の子が半年かけて学ぶ教則本を7歳の子は2カ月で終えてしまいます。楽器の稽古は、身体機能や知恵がそれなりに発達した状態で始めた方が効率的だという実感がありますので、個人的にハンガリーの事例は理解できます。

プロのピアニストの意見では10歳過ぎまでOK

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世界的ピアニスト辻井伸行さんの師匠で、ショパン国際コンクール入賞者の横山幸雄氏によると、お仲間には10歳を過ぎてからピアノを習い始めた人もいるそうです。ただし習い始めるまでに豊かな音楽体験があることが前提とのこと。

楽器の稽古は遅く始めても良いが、幼少期から何らかの形での音楽体験は必須と言えそうです。逆に言えば、音楽を楽しむ趣味があるご家庭のお子さんなら、楽器を始めるのが10歳ころからでもプロ並みに上達する可能性があるということですね。

音感と演奏テクニックの習得を分けて考える

ピアノを始める時期について、色々なポイントをご紹介してきました。

よく混同されますが、レッスンの内容を音感教育演奏テクニックの習得の二つに分け、それぞれに適した開始時期があると考えるとスッキリします。

・0~9歳前後までは音感訓練に良い時期
・5~10歳後までは演奏テクニックが伸びる時期
・コンクールは年齢制限に注意

さらに詳しく要点をまとめると、以下の通りです。

・5歳までは音感訓練を中心に、6歳からは音感訓練と楽器のレッスンの両方をするのが合理的。
・耳をよくしたいなら感覚器官が発達する幼少期から。
・将来音楽の道を考えている、または超絶技巧の曲を弾かせたいなら、遅くとも9歳ごろまでに楽器の稽古を始める。
・コンクール出場を考えているなら、コンクールの年齢制限に合わせてスタートを考える。

始めたい年齢でレッスンの内容は異なります。まずここを理解いただいた上で、ご家庭の音楽環境お子さんの興味も考えあわせて教室を選んでみてください。

ピアノ講師の立場から申し上げますと、ピアノを弾きたい(レッスンで楽器の稽古をしたい)お子さんはまず、

・右と左がわかる
・1~5まで数えられる
・15分くらい椅子に座っていられる

の三つが必要です。教える者としては、これができれば何歳からでもOKです。しかしタイミングが良いからといってお子さんの意思を無視して始めてしまうと、苦い思い出になってしまう。それではもったいないですね。

筆者のおすすめは、「まずお母さんがピアノを習ってしまう」というやり方です。うちの教室にも、たまに「2歳の子を通わせたい」という問い合わせが入ることがあります。そんな時、音楽が好きな方には「まずお母さんがピアノを習ってみませんか?」とお誘いしています。

実際、お母さんにピアノを教えていたらお子さんが興味を持って、後から始めたケースが数組ありました。この方法ならお母さんの思い出から、はじめの一歩を踏み出せますね。

ピアノはとても美しい音がする楽器です。日々の暮らしにピアノの音が聞こえるようになると、それだけで癒やされるものです。そして音楽は、生涯にわたってお子さんに寄り添ってくれる素晴らしい存在になり得る習い事です。どうかその入り口が楽しいものでありますように。

お子さんとピアノの、幸福な出合いを祈っています。